「オマエナンテ、イドニデモ、オチテ、デキシシロ!」

「テメェが死んどけやコラ! この世の癌! 一つ目!」
「ンダトコラ! ミッツメニ、ヒトツメヨバワリサレルスジアイ、ネェヨ!」
「眼球ギョロギョロで気持ち悪ぃんだよテメェ、毎日アイマスク着けてろ」
「オマエノソノ、メニイタイミッツメコソ、ドウニカシタホウガ、イインジャナイノカ?」
「口の減らない一つ目小僧が……肢体バラバラにして俺とタメ張ったこと後悔させてやろうかぁ!?」
「オマエコソ、ゲンケイガワカラナクナルホド、グッチャグチャニシテヤルヨ!」

お互いに罵声を掛け合い、内に煮えたぎる怒りをこれでもかと放出する殺人鬼、カノンとビリー。
握る拳は堅さを増し、目の炎は次第に強く燃え上がり、飛び交う唾が床を濡らす。
この光景は、毎日恒例の儀式。
部屋の一角で静かに小さな鍋を煮えたぎらせているのは、ガンテッドとリプト。
二つの騒音など耳に入っていないかのような冷めた表情で、リプトは鍋をかき混ぜる。
眩しい朝日と涼しげな風が、窓がはめ込まれていた四角い穴から部屋の中へと流れ込む。
部屋全体を優しく撫で回し再び空へ、そして雲の波へと還っていく。
ガンテッドが、小さな欠伸をした。


篝火今日明日


篝火はとある廃ビル内に、追われる身を休める為に一時的に数日の間住み込んでいる。
この辺りは以前大規模な地盤陥没の所為で人が去り、その後誰も近づかなくなった無人の街である。

それと言うのも、元々地盤の弱いこの地に追い討ちをかけるように地下帝国が掘られ、
その地下帝国の繁栄によって増えた資金を使い更に地上に建物を増やした所、数日に渡って地面から謎の低い音が響き、
ある日小さな地震によって地上は地下帝国へと陥没。その辺りに住んでいた地下帝国の住民は皆生き埋めに。
更に陥没が起こった事により周りの地層までもが崩れて土砂崩れとなり、地下へ堕ちた地上の者までを化石へと変えた。
運良く陥没を免れた他の地域の者も皆恐れをなし、一目散に四散していったという歴史を持つ街だ。

「……リプト、後何分だ」
「後は蓋閉じて、十五分待つだけだけど」
「十五分か、長いな」
「お腹空いてるんでしょ」
「ご名答。缶詰を四人で分ける生活が続いたからかな」
「豪勢にステーキとかケーキとか食べてみたいよねー」
「全くだ。ネズミの肉は例外だけどな」
「焼いたら変な油出てくるし、なんか臭かったしね……」

コトコトと静かに鳴く鍋に蓋をしたのを確認した後、ガンテッドは、
言葉という名の武器で戦いを繰り広げるカノンとビリーをゆっくりと見やった。
そして静かに漏れる溜息。

「ガンテッドーォ! 今から俺とコイツで死合いすっから審判よろしくーぅ!」
「朝食が血生臭くなる、やるなら外でやれ」
「ノリ悪ぃーなーぁ、殺すぞ!」

遠くから叫ぶカノンの申し入れを華麗にスルーした後、ガンテッドは携帯テレビのスイッチを入れる。
朝一番のニュースが画面に映り、すまし顔の女性アナウンサーが頭を下げる。

『おはようございます。時刻は朝七時、モーニングニュースの時間です』

ガンテッドはテレビをじっと見つめる。
すると、『同級生虐殺事件、最高裁終了する』のテロップが画面に流れ出す。

『昨夜、遂に同級生虐殺事件の犯人の最高裁が終了しました』
『判決は無罪。遺族やその友人等が、最高裁判所の前でデモを起こす騒ぎへと発展しました』

「……」

『犯人は秀明党議員パウラーの一人息子であると判明しました』
『世論では、裏でパウラーが金を積んだのではないかと囁かれています。次のニュースですが……』

画面に映っていたのは裁判所から出てくる一人の少年と、「息子を返せ!」「彼を死刑に!」と書かれた看板を掲げる遺族達。
誰も彼もこの少年に対して怒りの声を上げ、同時に涙の嗚咽が混じって聞こえる。

この事件はとある少年が同級生を殺して技術工に放置されていたチェーンソーで肢体をバラバラにし、
それを焼却炉に放り込んだ事から始まった。

焼却炉から漏れる異様な腐敗臭が苦情を呼び焼却炉を調べた所、中から謎の眼球の残骸が見つかり、
DNA鑑定によってそれが行方不明だった同級生の眼球であると判明した。
焼却炉の中には返り血を浴びた為に捨てられた少年のタイが残っていたが、形の残ったまま発見され、犯人の持ち物だと判定。
彼はまだ中学生だったので罪として扱われず、更に裏で積まれた金が彼を無罪へと導く結果となった事は隠されている。

「……リプト、今日の標的が決まった」
「え、今日出るの?」
「あぁ、同級生殺人事件は知っているな?」
「う、うん。とりあえずは」
「あの犯人の父親、政治家パウラーだ」
「でも議員会館は整備厳しいって言われてるよ?」
「あの二人、カノンとビリーを先頭に置き、力任せに突っ込む」
「……篝火らしくないね」
「二人の決着をつけるには良い機会だ」

そう言うとガンテッドは湯気を立てる鍋の近くに寄り、蓋を開ける。
中には野菜と少量の豚肉が良い具合に煮だっており、人数分の器にそれを装う。

「さてと、俺は二人を呼んでくるよ」
「先食べてていい?」
「いいぞ、食べ終わったら支度しておいてくれ」
「はーい。いただきまーす」

ガンテッドはバンダナを軽く被り直し、今にも武器を取りそうな二人に近寄る。
そして手に持った双銃を二人の側頭部に

ガチャリ

静かに突きつけた。

「……ガンテッド、何すんだ」
「朝食だ。ついでに今日は此処から少し先の議員会館へ向かうぞ」
「トリアエズ、ジュウヲオロセ」
「かの有名な政治家パウラーが標的だ。そしてリーダー直々にお前たちに命令だ」
「シカトカヨ、オイ」
「カノンとビリー、先にパウラーを抹消した方が今回の戦いの勝者だ。だから今回は俺とリプトの前に出て戦ってもらうぞ」
「分かったからまず銃を降ろしてくれないかな、ガンテッド君」
「以上だ。さっさと朝食に着け」

先程の喧嘩など無かったかのようにひそひそと陰口を言い合うカノンとビリーを尻目に、ガンテッドは早々と朝食の席に着いた。
そして合掌して箸を割り煮物を啜ると、静かに外に顔を向ける。

「……味、薄いな」

 


時は移り、場所はスプラノフルト区の議員会館。
街中が騒然としている理由は、ある四人の侵入者が引き起こした事件からなっている。

「道開けろやぁっ! カノン様のお通りだぜぇ!」
「オレヲワスレルナァ!」

立ちはだかる警備兵を物ともせず、順調に奥へと進む二人と、後を追う二人。
それでも警備兵は至る所から現われて篝火に対して銃を乱射する。
しかし篝火の前に銃は通じない。カノンの充分に残影が残る程の高速移動を兼ねた斬りによって、全ての弾が当たる前に遮断される。
警備員も底をつき一階のロビーへ差し掛かると、ガンテッドが後ろから前の二人へと声をかけた。

「カノン、ビリー、ストップ」
「どうした? 今更引き返そうってオチは、無しだぜ」
「誰かが来る。……恐らく、どこかの派遣隊員か何かだ」
「チョウドイイ、アソビアイテダナ! ザコバッカリデ、タイクツシテタトコロダ!」

ガンテッドの予想は当たった。
カノンとビリーの目線先に突如ノイズのような物がかかり、そのノイズの根元から徐々に何かが分子状に構築されていく。
それはやがてカービィ二人分の両足を作り出し、その後すぐに彼らの全身がその場に現れた。

空間移動でやってきたその二人は片方が青でもう片方が黄色の体色といった、どちらも色鮮やかなカービィである。
青い方は篝火を確認するなりビームブレードの白い柄を取り出す。
静かな起動音が流れ、微量の光子が刃出口から散る。そして全てが光子で構成された刀身50cm程の閃光刃が刃出口より構築され、姿を現した。
刃の色は鮮やかな蒼。刀身は細めで、まるで青い日本刀のようである。

「Energyより派遣隊員として赴いた。私は幹部級のグース、隣にいる者は同じく幹部級のリキだ」
「わざわざ名乗り上げなくたっていいの全く……それにしても篝火とやれるなんて、アタシってツイてるなぁ」

グースと名乗った青いカービィは刀を篝火に突きつけ宣戦布告。
リキと呼ばれた黄色をした女性のカービィは、相方の挑戦的な態度に呆れを取るばかり。
ガンテッドとリプトは一歩後ろへ下がった。自分たちの出る幕は無いと悟ったのだろう。
反対にカノンとビリーは苛ついたような、はたまた楽しげな表情を浮かべた。

「いいんじゃねーの、中ボスとかがいてもさ! 俺は構わないぜ!」
「オレハ、ソッチノチャラチャラシタ、リキッテヤツト、ヤラセテモラウゼ!」
「誰がチャラチャラしてるって? 一つ目の、ビリーちゃん」

リキの軽率な発言が、短気なビリーの怒りを買う事になろうとは誰も知る由も無かった。
ぶちりという不吉な音と共に、ビリーの針がリミッターを振り切った。
そして豪快に立華刀を振り回し、床へと突き立てる。

「コノオレサマヲ”チャン”ヅケデヨボウトハ、イイドキョウシテルジャネェカ! コロス! コロォース!」
「なら俺は、グースちゃんだな。俺と当たった事、あの世でハンカチでも噛んで恨むこった」

グースは静かに刀を両手に構え直し、カノンも刀を横に構える。
ビリーが床から立華刀をずごっと抜くと、それが合図かのように四人が一斉にお互いへ詰め寄った。

 


「中々やるな、テメェ……!」
「それ程でも」

素早い刀の嵐を華麗に飛び跳ねして避けるグースと、苛立ちだけが募るカノン。
そんなカノンの心情を見計らい、グースはわざと挑発するように大袈裟に剣撃を避けて見せた。
そのまま後方へとバックステップで移動すると、余裕の隠れた笑みをカノンに呈示する。

「っ……ナメてんのかコイツ!」
「そうだ。貴様ごとき、ナメてかかった所でさほど支障は無い」
「……まぁ、強気な発言もちったぁ認めてやるよ。……だけどな」

珍しくカノンが相手を認めたかと思ったのも束の間、カノンは刀を突如頭上に掲げた。
すると見る見る内に刀身に瘴気が集中し、透明な刃は紫紺の煙を帯びたかのような美しく、禍々しくもある色へとその身を変えた。

「あれしきで俺を攻略した気になんのは、ちょっと気が早いかもなぁ!」

カノンは腕を引き、刀の切っ先をグースに向けるような構えを取った。
グースが遅れて構えを取ったがもう遅い。
既にカノンの姿はグースの眼前にまで迫り、グースは横薙ぎを間一髪で後ろに避けた物の、
その後に繰り返し打ち出された半月状の斬撃の群れを刀一本でガードするとなると、流石に限界という物があった。

「くっ、こっ……のぉっ!」

斬撃は四発。
一発目は刀で受けてそのまま右下段へ払い、床に斬撃が当たり床一辺を抉り飛ばした。
そして刀を払った勢いで二発目を土壇場で右に転げて避ける。

「次は……っ!」

そこへ襲い来る三発目を裏拳の要領で背後から力強く受け、そのまま三発目を四発目と相殺させた。
衝撃の余波がカノンの頬と擦れ違い、小さく切れ込みが入る。
そこから垂れる血液を気にする様子も無く、カノンは冷酷な三つ目でグースの次の動きを見ていた。

「なるほど、混沌の力……ならばこちらは……」

今までの行為、攻撃方法を分析し、グースの思考回路は次の反撃方法を考える為に働き出した。
そしてグースは懐から赤い透明な液体の入った大きめの筒状カプセルを取り出し、ビームブレード持ち手の末端にガチャリとはめ込む。
すると中に入っていたその液体がゴポゴポと音を立てながら刀の内へと飲み込まれていった。
やがてグースは液体が全て飲み込まれて空になったカプセルを刀から分離させ、その場へ投げ捨てる。
カランコロンと渇いた音が、辺りに響いた。

「甘いな、この隙を狙えば幾らでも命など取れた物を」
「敵に張り合いが無いとつまんねぇかんな。わざと待っててやった」
「ふ、ならば……後悔はするなよっ!」

突如ビームブレードの閃光刃が根元から赤へと変色していき、やがて刀身全てが淡い赤によって染められた。
変色したビームブレードを軽く振る。すると軽い振りだけで刀身に大きな火が付き、やがては刀身を丸ごと包み込む炎となった。
刀を振る度に轟々と燃え上がる炎は徐々に豪快さを増していき、辺りの温度はあっと言う間に上昇。
むわっとした異常な暑さがカノンを包む。

「……その液体、”コピーの素”だな?」
「その通り。バーニングとファイアを組み合わせた、キケンオリジナルだ」

言うが早いか、グースは刀を両手に構え直してカノンを睨み、突進する。
カノンは炎の勢いに一瞬我を失っていたのか、少し反応が遅れてしまった。
なんとか刀で受け止めるも、その大きな炎と刀を通して伝わる熱がカノンを更に深く苦しめる。

「なんなんだこの熱さぁっ……尋常じゃねぇ、狂ってやがる!」
「この効果は三分で切れるが、この調子なら三分経たずとも貴様を葬れそうだな!」

(とは言え、このままでは私もマズイな……)

グースは自身もその強大な炎の重圧に苦しめられていた。
身体に取り付けた体温調節オプションで基本体温を20℃と低くしている物の、それだけで持つとは到底思えない。
それでも、自分が弱っている事を相手に知られてはいけない。グースは持ち手を強く握り、奥歯を食い縛る。

「終わりだ! カノン!」

 


「オワレルカヨ!」

一方ビリーは、苦戦を強いられていた。
それもその筈ビリーとリキでは、相性が全くに違いすぎた。
リキの武器はリボルバー型の拳銃。それだけならまだ大丈夫なのだ。
しかしリキの持つ”能力”の所為で、そう一筋縄には行かないのである。

「篝火が世界最凶ってのは、いつの話だったのかなぁ!」

良く目立つ鮮やかな体色をしたリキはビリーとある程度間隔を取りながら、ビリーを軸に周りを囲むように移動している。
ビリーが近づこうとすると発砲。立華刀でガードをしているといつのまにか同じ間隔で離されているといった感じだ。
リキの行動はそれだけではない。自分が立つ決まった空間に必ず小さめの陣を残しているのだ。
空間に浮かんだ陣は何に機能するでもなく、ビリーを取り囲むようにその場に浮かんでいた。

「テッメェ、ニゲテバッカリジャネェカ!」
「三十六計逃げるに如かず、逃げるが勝ちって言葉を覚えときな!」
「ヘリクツ、イッテンジャ、ネェッ!」

苦手な国語を前に持ってこられた事で頭に来たビリーは立華刀を床に向かって一振り。
その瞬間議員会館全体を揺らすような衝撃が起こり、床には大きなクレーターができた。

「きゃっ!」

その衝撃で体制を崩したリキをビリーは見逃さない。
片手を下に、そして立華刀を持った片手を少し傾斜を効かせつつ高く掲げた体勢をとったビリーは、
すかさずリキに向かって立華刀をぶん投げ、立華刀は豪快に回転しながらリキへと一直線に向かっていった。

「ヒッサツ、ムロフシアタック……」

怪物のように迫り来る立華刀に向かって銃を連射するも、その恐るべき硬度によって全ては弾かれる。
やがて意を決した表情で銃を懐へ押し込み、立華刀を飛び越えるようにしてダイビング。
そのまま上手く立華刀を避けたリキは前方へ回転して受身。そしてすぐに背後へと持ち返し、
壁を突き破りブーメランのように戻ってきた立華刀を側転によってかわし、振り向き様にビリーへと反撃の一発。

「オットォ、アブナイナ」

立華刀の無いビリーは撃たれる前に気配を察知し右へヒラリと避け、そのまま立華刀を片手だけで受け止めた。凄い握力、腕力だ。
しかしリキの攻撃はまだ終わりではない。銃弾は先程配置された数ある陣の中の一つに見事命中。
すると陣の中に弾が吸い込まれ、別方向に配置された陣から銃弾が顔を出し、再びビリーの元へと襲い掛かる。

「ッ……ナァニィッ!」

気配を感じギリギリで立華刀で弾き飛ばした物の、今のは後反応が少しでも遅れていれば
鉛の塊に身体を貫かれていたと言うから恐ろしい話である。

「今のはアタシの十八番、フォーメーションサークルトラップ。
 空間と空間を繋ぐ転送陣を作り出し、パチンコのようにランダムに発砲させる」
「……ワザワザネタバラシ、ドウモ」

ビリーは気に入らないといった顔をして、再び立華刀を握り直す。
取り囲む陣の数は凡そ十五個。輪の中に打ち込まれれば何発もの銃弾による追撃を免れない。
立華刀は小回りが利かないので数による襲撃に対する抵抗は薄い。

「ハー……ン、ナルホド。ソウカソウカ、ウン」

ならば答えは簡単、銃弾が陣へと届く前に全てを遮断してしまえばいいのだ。
そしてなるべく早く、輪の中を抜け出せばいい。
すると再びリキによる輪を作り出す作業が始まり、リキはまた時間を取られるわけだ。
更にリキの武器は拳銃。近距離での戦闘に慣れない為に、この戦法を編み出したと言っても過言ではない。
間合いを詰められた銃士に勝つ手段は無い。
敵ながら、見事な戦法だ。あの銃弾の包囲網からは決して容易く抜け出せはしない。
自分も同じ事だ。どうして、この包囲網を抜け出してくれよう。

「じゃあネタが分かった所でさっさと始めるぜ。次は二発だ」
「ノゾムトコロ」

会話の途切れ目に銃弾が素早く二発撃ち出される。
その弾は二発それぞれ軌道が微妙にずれていて、その軌道の延長線上に別々の陣が存在した。

「アッメェッ!」

弾は、跳躍して立華刀を振り下ろしたビリーによって言葉通り叩き伏せられた。
しかし現実は甘くは無い。すぐ背後で発砲音が鳴り響いたと思うと、
すぐ脇を銃弾が抜けて通り、ビリーの眼前にある陣の中へと吸い込まれ、それは右斜め上の陣から現われてビリーを襲撃。

「お前の相手は弾じゃねぇ、あくまでアタシだって事を忘れんな!」

間一髪で弾くも、瞬く間にもう一発の銃弾が左方向より米神に向けて飛んできた。
弾けずにバックステップで避けると、ビリーは何かに躓き立華刀を落とした。見てみれば、先程出来た大きなクレーターである。
その弾は直線状の陣に吸い込まれ、目の前の陣から現われた弾がビリーに真正面から襲い掛かった。

「ナルホド、ケイサンシツクサレタ、ウゴキダ……」

ビリーの大きな瞳に、銃弾が映し出される。

 


「そろそろ、三分経つんじゃ、ねぇかなぁ?」
「違うな、残り一分二十五秒だ」
「訂正どうも。感謝は、しないぜ」

火炎地獄の中で体中に酷い火傷を作り、それでも尚刀を握り続けるカノン。
目は笑っているが執念で燃え盛り、身体を包むは混沌の気。
反対に炎の源を持ったグースには、苦渋の表情が見え隠れしている。
やはりこの炎の剣は諸刃の剣だったようだ。だからこそ三分という制限時間が制定されているのかもしれない。
お互いに距離を取り合い、様子見段階といった所だろうか。既に二人も、肩で息をしている。

「今までの分の清算だ、とくと喰らいな」

先にカノンが動いた。
刀を前方に突き出し、両手で刀に混沌の気を流し込む。
口からは瘴気を含んだ煙のような吐息が微量に流れ、刀身は紫色に怪しく光る。

「波動か……?」

刀を頭上に掲げ、収束した混沌の気を今度は圧縮する。
辺りの混沌のエネルギーが一瞬にして刀に集められ、刀身から放たれる光は戦慄さえも覚えさせた。
世界最凶。これがその全貌である。

「ディープグラッジ!」

振り下ろした刀から放たれるは大量の混沌、修羅、憎悪を掻き集めたカービィよりも二周りほど大きいエネルギーの集合体。
そのエネルギー体の表面には人々の絶望する表情が吐き気がするほど入り混じり、
その顔ひとつひとつから子供の泣き叫ぶ声や、苦しみに絶叫する声が聞こえた。

「っぐ、はぁ……」

グースの身体に混沌の塊が衝突する。
持っていた炎の刀はその際に弾き飛ばされグースの身体はとてつもない衝撃と苦しみに包まれた。
グースの体は混沌をぶつけられた衝撃で壁際まで吹き飛び、壁に勢い良く激突。
その後も辺りに残った混沌がグースの身体を包み込み、溶かすように蝕んでいく。
グースが吹き飛ばされた際、近くでからんという短い音が聞こえた。

「おっ、こりゃあ……冷却オプションって奴、だよな?」

グースの肌を離れカノンの元まで転がっていった冷却オプションは無様、カノンによって粉々に踏み砕かれてしまった。
機械の屑を足で横に払い除けると、カノンは止めを刺す為に最終段階の体勢へと刀を構えた。
グースの刀は手を伸ばしても到底届かない場所に転がり、立ち上がる事すら出来ずに拳を握る。

「くっ……う……私の、負けだ……」
「そんな事知ってらぁ。お前は珍しく俺を苦戦させた。それに相応しい最強奥義でお前を葬ってやんよ」

いつの間にか辺りの炎は消え失せ、グースの刀であるビームブレードは機能を失っているようだ。
カノンが最後の構えを見せる。体の中に残った瘴気が、刀の中に並々と注がれている事が見て取れた。
先程の比ではない、許容しがたい大量の瘴気。
虫の息の相手にも確実に止めを刺す。カノンの心得である。

「ターゲット……」

静かに縦、横と空を十字に刀で斬る。すると切った部分から紫色の炎が現われ、ゆらゆらと燃え上がる。
その十字の交差点にずぶりと刀を突き刺し、すぐに抜く。交差点から漏れるように紫色の炎が溢れ出し、その中心部に横一本の切れ込みが入る。
切れ込みはやがて立体的に映し出され、突如上下に開いた。小さな目玉だ。金色の禍々しい瞳がグースを覗く。

「カオス」

カノンがそう呟いた刹那、目玉がぎょろぎょろと暴れだし、十字の炎が威力を上げた。
目玉は瘴気を食って成長し、やがてカノンの身の丈よりも大きくなった。
十字もそれに比例するように長さと太さが格段に成長し、大きな炎の太刀を連想させるようだ。
そしてあまりに大きくなったそれは遂に天井に到達。十字に触れた物体は次々に切り刻まれ滅んでいく。
カノンはその怪物に背中から刀を突き刺し、”所有権”を得る。
大きくなりすぎた怪物を刀に突き刺したまま、カノンはグースに向かって残酷な笑みを向けた。

「すげぇだろ? 俺の必殺技の中の一つだ。
 本当はもう少し見せずに出し惜しみしたかった所だが……いつまでも隠せるもんでも無いしな」

刀を引き抜き、軽く頭を下げる。
最後の攻撃の前に決まって行う儀式だ。
相手に対する敬意と、慈悲を込めた物らしい。カノンも、剣士的な礼儀は持ち合わせているようだ。

「そうそう。死ぬ前に、テメェに聞いておきたいことがあった」
「……なんだ」
「お前の所の、Energyつったか? そこに、ギルファって奴がいるかどうか……聞きてぇんだが」
「ふ……知った事か」

一通りのやり取りを終えるとカノンの顔に浮かんだ笑みは消え失せ、グースを冷たく見下す。

「そっか」

刀を下から上に向け、振り上げる。
それと同時に目玉の怪物が咆哮を上げ、十字の刃が混沌の紫炎を上げる。
そして、ぐんと空気を振動させてゆっくりと前進。天井に突き刺さっていた刃が動かされる事によって天井をざくざくと破壊した。
確実にグースに近づき、金の目玉は最後の雄叫びを上げる。

議員会館の壁を突き破り、フルト区に謎のターゲット型の怪物が現われた。
それは当たる物全てを切り刻み、粉砕し、そして上空高く上がっていく。
上昇したそれは大気圏を突き破り、遥かなる宇宙空間へと突き進み、遂に姿を消した。

 


「ッ!」

銃弾の動きは、陣の中を移動し続ける事によって威力とスピードが落ちる物である。
ビリーは両手を地面に突き、その勢いで倒立。
そして銃弾を覆うようにハンドスプリング、だが運悪く片足の爪先に鉛の玉が当たり鮮血が舞う。

「グォォ……イッテェナ、コノクソアマ……」
「脳天貫けなかったのは遺憾だが……まぁいい。その傷じゃ、立つ事は出来ても動き回れないだろう」

しかし、リキの持つ篝火のイメージは実際とは程遠い物があった。
一般人は確かにこの一撃でダウンし、痛み慣れしていない者は泣き叫ぶかもしれない。
しかし、仮にも篝火は”世界最凶”なのである。

「イッテェナ、コレ。オ、トレタ」
「!?」

ビリーは気が狂ったか、弾を打ち込まれた生傷に指を突っ込み、グチュグチュと弾を掻き出そうと躍起になっている。
それだけでグロテスクなのだが、ビリーは生傷を更に指で拡張して中の銃弾を確認。
そして指で摘んで銃弾をなんとか取り出した。生傷は、酷い事になっている。

「マッタク。コンナモン、ウメコマレタラ、タマッタモンジャナイゼ」
「お前……バカ、だろ?」
「アァ? マァタシカニ、テンサイデハ、ナイナ」
「知ってるよ!」

天然ボケと天性のツッコミ派からなる成り行き漫才をかました後、ビリーは爪先を地面に押し付けコリコリと体全体を再起動させる。
そして立華刀を掴み、再び戦闘態勢へ。

「コイ。コンドハ、スベテ、ハジキカエシテヤル」
「あっそ。じゃあ、頑張れよ!」

リキは苛立った表情で銃弾が六つ連なった束を取り出し、銃を撃ちながら恐るべきスピードで発砲、補給を繰り返した。
撃ち出された弾は十二発。それらは全て陣の輪の中へと潜り込み、包囲網が完成する。

「ヘッ、ツギハ、ソウハイカナイ、ゼ」

ビリーは立華刀を振り上げると、銃弾の動きを上回る素早い体捌きで銃弾を一、二と弾き落とす。
背後に来た三発目は振り向き様に弾き落とし、その勢いで左から襲い来る五、六発目を遠くへとぶっ飛ばした。
しかしそれも長くは続かなかった。死角を突いて飛び出してきた七発目に踵を撃ち抜かれる。

「イッ……ァ」

体制を崩したビリーの背中に八、九、十と三発。トドメと言わんばかりに両脇腹を十一、十二発目が貫いた。
穴だらけになったビリーはふらふらと立ち竦みながら、落ちた立華刀をゆっくりと拾い上げる。

「ふんっ、もう諦めたらどうだ? 強がっても、苦しみが増えるだけだぜ?」

リキはわざと戦意を削ぐような言葉をビリーに放った。
それには理由があった。もうリキには銃弾が一発しか残っていないのだ。
ビリーは顔を上げる。体中に空いた穴から流れる血液が床に血溜りを作る。

「アァ? ナニヲ、カンチガイシテンダ。マッタク、イタクネェヨ」

その目は確かに、笑っていた。
リキを見て嘲笑うかのように、歯を見せていつもの薄ら笑いを浮かべている。
決して余裕な状況ではないというのに。

「生きがるな! これで目ン玉ぶち抜いてやる!」

その嘲け笑いに腹が立ったのか、最後の一発を陣の中にぶち込んだ。
弾は輪の中を縦横無尽に駆け回る。しかし、途中で狙いがビリーは愚か陣からも外れ、会館の壁に当たり豪快にめり込む。

「何っ……!」
「イラダッテ、シュウチュウリョクガ、トギレタヨウダナ」

ビリーは一度も動いていない。
リキは絶望に打ちひしがれ、銃を持つ手を震わせた。

「ドウヤラ、ソノイッパツデ、サイゴダナ」

立華刀を持ったビリーは銃弾を受けているのにも拘らず、ゆっくりと歩いて陣の輪をあっさり抜け出した。
そしてリキと五メートル程の間合いを開けた所で、一気に大幅でリキへと詰め寄った。
リキは動けず、ビリーは遂に眼前にまで迫り、立華刀を横に振りかぶる。

「オンナガ、ソンナコトバヅカイスルノハ、ヨクナイトオモウケドナ」
「……余計なお世話だよ、馬鹿」

相手が女だという事で、少し力を緩め、スピードを落として立華刀を振り薙ぐビリー。
それでも相手が死ぬ事は、変わり無いと言うのに。

ごっ、と鈍い音が響き、リキが後方へと軽く吹き飛びそのまま床に転がった。
既に気を失っているが、命を失ってはいないようだ。

「……シ、シマッタ! ミネウチ、ダッタカ……キガツカナカッタ」

ビリーは「やってしまった」感を露にし、リキを見た。
しかし立華刀の構えを解き、リキを背にして議員室へ続く階段へ歩みだす。

「コンカイハ、イカシテオイテヤルヨ」

血の跡を床に残しながら、力ない歩みで階段を登る。
すると後ろの方からよたよたという足音が聞こえ、ビリーは後ろを振り返った。

「待てやビリーィィ! 抜け駆けはさせるかぁーっ!」

背後には火傷で皮膚が危ない事になっているカノンがいて、ビリーを確認すると階段へ向かってダッシュを始めた。
ビリーはそれを見て今回の目的を思い出し、急いで追いつかれないように階段を駆けるのであった。

 


「パウラーの首差し出せコラァ!」
「ビリーサマノオデマシダゼクラァ!」

二人の暴漢は議員室のドアを力強く蹴って開く。
開く、と言うよりは壊したに近く、ドアは前方に向かってばたんと倒れた。

「ナァ?」
「は?」

眼前の光景は二人の予想の斜め上を軽く越えていった。
床に転がるはパウラー。脳天と腹に一つずつ小さな穴が空き、そこから流れ出る血潮がカーペットを真紅に彩る。
身体には鎖で力強く縛られた痕もあり、そこは青く滲んでいた。
誰がやったのかは言うまでも無い。奥に居る男女の二人組みによる仕業だ。

「遅いぞ、お前達」
「おつかれー」
「お、おい……なんでお前らが先に?」
「オレラノショウブハ?」

ガンテッドとリプトである。
リプトより奥に位置するガンテッドは議員席でのうのうと緑茶を啜り、リプトはソファでクッキーをかじっていた。
恐らく他の議員からのプレゼントなのだが、今となっては関係ない。
ガンテッドがおもむろに立ち上がり、呆然と立ち尽くす二人に現状を纏めるように詳しく話を始めた。

「まず、お前たちの戦いはいつ終わるか分かったもんじゃなかった」
「お前、ちょ――」
「そしてお前たちは世界最凶の一員なのにも関わらず苦戦を強いられていた」
「ハナシヲ――」
「そこで俺達はある決断を下した」

ガンテッドは一息置く。

「”そうだ、議員室行こう”、とな」
「ちょっと待てやテメェ! 何が”そうだ、議員室行こう”だ、馬鹿にしやがって!」
「ケッキョク、テキノキヲヒクタメノ、ステゴマカヨ!」

二人、激怒。
無理も無い。囮扱いされ、最終的には用無しとして言い捨てられれば、怒りを覚えない者は稀だろう。
しかし仮にもガンテッドである。二丁の銃を取り出して――

ガチャリ

「リーダーの言う事は」
「……絶対です」
「ゴメンナサイ」

リーダーの力はやはり侮れない。
結局”勝者”のガンテッドとリプトによりこの件は喧嘩両成敗という結果に落ち着いた。
半ば強引的な決断だが、この二人に勝敗をつける事など無意味に等しい行為である。

「教えてやろう。競争が人を高める為の条件になるんだ」
「なんだその屁理屈」
「シッテルヨソノクライ」
「ビリー君、体中穴だらけ……」

 


ロビーの壁に大きく開いた、ターゲット型の穴。
その穴から血だらけの手が這い出て、床へとその手をしがみ掴ませた。
そのまま手の力だけでなんとか床へと全身を投げ、仰向けで血混じりの咳と荒ぶる呼吸を繰り返す。
グースだ。

「くっ……リキ、起きろ」

グースはリキへと這い、身体を揺さぶり反応を待つ。
リキは衰弱していて息も小さかったが、なんとか薄く目を開けた。

「グース……無事、か……」
「あぁ、無事だ! 今回は篝火を……逃がしてしまったが」
「――」
「戻るぞ。任務より、命を優先だ」

そうしてなんとか形を残していた携帯用の空間転移装置を取り出し、座標軸と二人のステイタスを登録。
空間転移装置の中心に付けられたファンが回転を初め、二人の身体は青い光に包まれた。
そして体全体が粒子状に分解され、やがてその場から吹き消されるように姿を眩ます。

グースはターゲットカオスを受ける際、その異様な圧力と風圧に負けて身体を後方に吹き飛ばされ、
丁度攻撃の当たらない場所へと強制的に移動したのである。
そして壁を壊した際に巻き上げられた風によって壁際にまた吹き飛ばされ、そこにしがみつき辛くも難を逃れた。
そう、最後の攻撃は、外れたのだ。

 


「グース先輩、大丈夫ですか!」
「オーランジか。私なら、心配しなくていい」
「酷い傷だ。それに、酷い瘴気を帯びている。一体誰が……」
「お前もいずれ知る事になるさ。三つ目の男には、注意するんだな……」
「もう喋らないでください。先輩は死ぬわけにはいきませんから――」

 


「犬も歩けば……」
「はい取ったぁーっ!」
「え、それ違うけど……」
「オテツキトハ、ブザマダナ! カノン!」
「るせぇーっ! テメェは字さえ読めねぇだろーが!」
「アァン? ”ジ”ナンカヨメナクテモ、カルタハデキル」
「できねーよ!」
「ちょっと落ち着いてよ!」
「テメェ! コッチコイヤコラ!」
「いいぜコラ! あの時の決着、今すぐにつけてやろうか!?」
「ヤッテヤロージャネーカァ!」

ガチャリ

「落ち着け」
「すみませんでした……」

 

 

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