【Ms.001 雪山の怪物を討伐せよ】

 


空は冷たい雲に覆われ、白い粉がしんしんと舞い落ちる。
白い粉は幾重に木や地面に積もり、やがて真っ白に染め上げる。
静かな風が吹き、木々の枝が揺れる。
積もった雪はその重みで地面に落ち、さらけ出した肌に再び雪が舞い降り、白く染められる。

静かな雪山に、空を裂く咆哮が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「……寒くないのか?」

「ちょっと寒いくらいのレベルじゃない?」

 

 

テノーラのユーフォニウス地方、美しく聳え立つコバルトスノウマウンテンの山頂付近。

気温は氷点下8℃。
常人なら倒れてもおかしくない極寒の山道を歩く、二人のカービィ。
一人はオーランジ、隣にいるのがラーディアス。
吐息は真っ白に染まっている。

 


「俺なんか……さっきから顎が外れそうなくらい……震えてるっていうのに…」

「そうかな? 僕なんかこれで何も着てないからね」

 


オーランジの体には、常備している肩当マント(旅のおつれ)の他に耐寒用の布、
そして温度を調節できるオプションが取り付けられている。
オーランジは普段から体を鍛えている為少しくらいの寒さなら耐えられる。
そのオーランジでさえ、このザマである。

それに対してラーディアスは、何も着ていない。
彼の故郷がどれほどの寒さだったのか、よく把握できない。


「フロズンゴースか……図鑑で見たことあるけど、本当に退治する事になるなんてね」

「どんな奴だったか……」

「雪山の怪物だよ。超巨体だから、油断してると命を落とすぞ……って、リーダーが言ってた」

「この環境だと、危ないかもな……」

 

 

オーランジは歩きながらオプションの基本体温を上げている。
ラーディアスは暇そうにしゃくしゃくと雪を踏みながら、前へ前へ進んでいく。

 

 

フロズンゴース。
雪山にのみ存在すると言われる、巨体の怪物。
気が荒く、自分の視界の中で動く物は全てなぎ払うという恐ろしい生物。
普段は雪山でおとなしく暮らしているそうだが、近々山の麓の村を食料目的で一匹で壊滅させたと言う。
そんな怪物を退治しろと言うのが、今回二人のカービィに与えられた仕事。


大勢で向かうと逆に雪山で死者が出る確率が大きい。
そんな理由で、実力者の二人が選出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」


急にラーディアスが足を止めた。
後ろを歩いていたオーランジがラーディアスの背中にぶつかる。


「っつ……どうした?」

「温度が、違うんだ」


オーランジはラーディアスの言った事に首(?)を傾げる。
そんなオーランジの表情に相反して、ラーディアスの顔には緊張が走っていた。


「……多分奴がこの辺で呼吸をしてた印だ。近いよ、オーランジ」

「フロズンゴースか……」


オーランジは懐から機械質なビームブレードの柄を取り出した。
スイッチを入れると、微弱な起動音と共に緑色の閃光の刃が現われた。
刃は地面に突き刺さり、触れる雪を蒸気を上げながら溶かす。
それを低い姿勢で構えたまま、白い息を吐きながら辺りを目で確認する。
ラーディアスも片手に冷気を纏い、オーランジと背中合わせにしながら辺りの様子を探る。

雪だけが静かにひらひらと舞い落ちる。
美しい静寂が空気を呑み込み、鼓動の音だけが高鳴る。

 

 

それは突然に破られる。
嵐のような轟音が森の中に轟き、木々がざわざわと揺れる。
二人のカービィは思わず耳を塞ぎ、目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


轟音が鳴り止むと、目の前にはおどろおどろしい風貌の生き物が立っていた。
緑色の巨大な体に、それに似つかぬ退化した小さな足。
しかし足の代わりに恐ろしいほど発達した巨大で太い二本の腕。
目は雪光で退化し、顔には牙を剥き出しにした、涎の滴る大きな口だけが目立っていた。
猛々しく荒い呼吸は怪物の頭上に小さな雲を作り、空に昇っていった。

 


「さすが、雪山の怪物だね……」

「怯むな、行くぞ! ラーディアス!」


オーランジは両足を踏ん張り、一足飛びでフロズンゴースとの間合いを詰め、懐に飛び込んだ。
そして剣を前に突き出し、切り上げるように飛び上がる。


緑の閃光刃は軌道に微かな光を残してフロズンゴーストの唇を通過する。
そのまま宙でゆっくりと後方に回転し、雪の絨毯の上に見事着地した。

 

 

フロズンゴースの唇が、真っ二つに裂けている。
裂け目からは真紅の血漿が滴り、雪を真っ赤に彩った。
しかしあまりの寒さで痛覚を失ったのか、フロズンゴースは平然とオーランジを見据えている。

 

 

 

 

 

「でかいな……」

「今更すぎるよ、まぁ……早く倒しちゃおう!」

 

 

続いてラーディアスがフロズンゴースに向かって一直線に走り出す。
フロズンゴースはようやく動き出した。
巨大な腕でラーディアスを殴り飛ばそうと拳を飛ばしたが、
ラーディアスはバックステップで軽く拳を避け、そのまま腕を伝って顔目掛けて走り出した。

 

 

「だぁっ!」

 

フロズンゴースの瞬発力は鈍い。
ラーディアスが腕に乗ったその二秒後にやっと気づいたが、もう遅かった。
フロズンゴースの顔には分厚い氷が張り、そのまま無抵抗に背中から倒れた。

 


「よしっ!」

「やったか……」

 


フロズンゴースはしばらく首を押さえてのた打ち回った。
しかし呼吸が途絶えたのか、しばらくして動かなくなった。

 


「……念の為、だ」

 

オーランジは顔が氷漬けになったフロズンゴースに近寄った。
そしてビームブレードを高く掲げ―

 

 

 

 

 


「危ない! 離れてっ!」

 

 

 

 

 

 

ラーディアスの忠告虚しく、オーランジの体は宙を舞っていた。
フロズンゴースの顔を被っていた氷はフロズンゴースの喉から発せられた爆音によって生まれた衝撃波に粉々に粉砕された。
近くにいたオーランジは、氷の破片と衝撃波と爆音とを全て体に受け、ボロボロになりながら地面に落ちる。
そしてラーディアスの足元までゴロゴロと転がり、傷ついた表情を見せる。

 

 

「……なんて奴っ!」

「すまねぇ……油断した……」

 

 

 

ラーディアスは、再び立ち上がったフロズンゴースを見て歯を食いしばった。
そしてオーランジはゆっくりと傷ついた体を起こし、ビームブレードを構えた。

フロズンゴースは息を大きく吸い込んだ。
辺りがざわざわと揺れ、木々がフロズンゴースの大きな口に引っ張られていた。

 

 


「なんて、肺活量だ!」

「吸い込まれたらおしまいだよ!」

 

 


二人はなんとかそこに立っているという状態だった。
ブラックホールを思わせる大きな口は辺りの空気を吸いこみ続けた。
そして、急に風が止む。

二人がやっとの思いで体勢を立て直し、目の前を見る。
そこには、腹を爆弾のように膨らませたフロズンゴースの姿が。

 

 

 


「ガーディアンウォール!!」

 

 

 

 

ラーディアスの声と、大嵐が起こったのは同時だった。
フロズンゴースは今まで溜めた膨大な量の空気を一気に吐き出す。
まるで嵐が来たかのように吹雪が舞い散り、木々は根元から折れ、吹き飛ばされた。
ラーディアスは目の前に氷の屈強な壁を作り、なんとかその中にオーランジと潜り込む。
壁は嵐の中力強く立ち続けた。

 

 

やがて嵐が止んだ。
壁は、ラーディアスが力を抜くと同時にバラバラと砕け散った。
二人は転がるように這い出て、辺りを見渡す。

地形は驚くほど変形していた。
先ほどまで茂っていた沢山の木々は全て吹き飛ばされ、雪はグニャリと形を歪ませていた。
隠れる物がなくなった代わりに大きく戦える場所が広がった。
しかし戦いとは、相手がいて初めて成り立つ物である。

 

――フロズンゴースは、消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ行きやがった……?」

「近くに隠れる場所は無くなった。となると……」

 

 

地鳴りが辺りに響いた。
二人は警戒しながら足元に注意する。
すると地面に皹が入り―

 

 

 

 

 


ドオォォォォオンッ!!

 

 

 

 

 


地面からフロズンゴースが勢い良く飛び出してきた。
オーランジは飛びのいたが、ラーディアスは間に合わなかった。
ラーディアスの華奢な体はフロズンゴースの剛腕に豪快に殴り飛ばされ、宙に高く舞い上がった。

 

 

 


「かっ、は……!」

 


そのまま雪の上にドサリと落ち、血の混じった咳き込みをした。
頭からは血が流れ、足は変な方向に歪んでいた。

 

 

ザザッ、ザザッ

 

 

フロズンゴースが弱っているラーディアスに向かって、走り寄ってきた。
雪を蹴り、確実に近づく。
口からはご馳走を目の前に、溢れ出す涎。

ラーディアスの目の前まで迫り、倒れている体目掛けて拳を振り上げる。
そして拳が勢い良く下ろされた。

 

 

 

 

 


ガッ

 

 

 

オーランジが、倒れているラーディアスの前に立って体全体で拳を受け止めた。
受け止められた拳はワナワナと震えた。
オーランジは鬼の形相でフロズンゴースを睨んだ。
しかし、オーランジももう虫の息同然である。

フロズンゴースはもう片手を振り上げ、そしてオーランジに振り下ろした。
オーランジは身構え、懇親の力でそれを受け止めた。
体にガクンッと力が入り、足が雪にめり込んだ。

その時、寒さが急に体を襲った。
気温は-8℃、こんな所で、こんな怪物と戦う事がまず無謀だったのだ。
オーランジの体から力が抜けた、そして拳の重みが増す。


こんな怪物に、二人で挑むなんて。

初めから勝負は決まっていたような物。

馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ふ ざ け る な !」

 

 

 

 

 

 

 

鬼人オーランジ、覚醒。

オーランジは自分の体に二つ添えられたフロズンゴースの両手を強く掴んだ。
体にはみるみる力が湧き、弱っていた足は再び地面を蹴った。
握った腕を、更に強く握る。フロズンゴースはあまりの握りの強さに暴れた。

そのままオーランジは、腕だけで高々とフロズンゴースを持ち上げた。
そしてフロズンゴースの巨体を、思い切り前方にぶん投げた。
フロズンゴースは宙で足掻いている。

 

 

「閃光一斬…!」


オーランジのビームブレードの閃光刃が3m程に伸びた。
そして宙を舞っているフロズンゴースに素早く駆け寄る。

オーランジはフロズンゴースの落下地点を、ビームブレードを振り下ろすようにして通過した。
フロズンゴースが地面に大きな音を立てて落下する。

 

 

 


オーランジのマントがたなびく。
フロズンゴースの背中に出来た大きな切れ込みが、バクッと開く。
真っ赤な血が大量に噴出し、ビチャビチャと美しい雪を汚した。
そしてそのまま、フロズンゴースは息絶えた。

いつのまにか雪は止んでいて、辺りに音はなくなっていた。

 

 

 

 

「……っが」

 

 

オーランジの左足のアキレス腱はズタボロに傷ついていた。
しかしオーランジは左足を引き摺り、ラーディアスに近づいた。

横たわっていたラーディアスの体は冷たかったが、辛うじて息はあった。
オーランジはマントを脱ぎ、ラーディアスをそれに包んだ。
そして懐から小さな機械を取り出す。
携帯用の空間転移装置である。

 


「……電波が届かない、か……」


オーランジは握った空間転移装置を見つめたまま、溜息をついた。
この雪山に、取り残された死にかけのカービィが二人。
このまま、静かに雪に埋もれて死ぬのも悪くない。

なんだか眠くなってきた。
少しなら、眠っても大丈夫……か……な……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、オーランジは白い天井が目に入った。
体が温かい。どうやらベッドで寝ているらしい。
横を見ると、隣のベッドでラーディアスが寝息を立てていた。
良く見ればオーランジの体の至る所には点滴が付けられていた。ラーディアスはそれよりも多いが。

ここはEnergy署内の医務室。
自分たちはどういうわけか、帰ってきたらしい。

 

 

 

 


「おぉ! オーランジ、目ぇ覚めたんか!」

 

お菓子の袋を持ったバケモノ、否、ルシファが笑顔で医務室に入ってきた。
ベッドの横に添えられた丸椅子にぴょんっと飛び乗ると、満面の笑顔でオーランジを見下ろした。

 

「お前ら、危なかったんだぜー! 二人だけじゃ危ないって言うんで、俺とキケンで雪山に後から向かったんだけどさ!」


後からルシファとキケンが来ていたらしい。
もう少し早く来てくれれば、という考えが頭を過ぎったが、ルシファの笑顔に免じて何も言わない事にした。


「怪物は倒したみたいだけど、お前ら氷みたいに冷たくなって倒れてたからさ! 電波の届く所まで俺が頑張って連れて行ったんだぜー!」

「……ルシファが、助けてくれたんだな……」

「おうよ! キケンよりm「医務室ではお静かにお願いします!」

 

医務室の女医さんが先ほどから煩いルシファに喝を入れた。
ルシファは一言スイマセンと申し訳無さそうに言って、丸椅子から飛び降りた。


「これ、お見舞い! ラーと分けて食えよな!」


そう言って、先ほど自分が座っていた丸椅子に菓子の袋を置いた。
袋の中には膨大な数の菓子…食べきれる自信は無いが、オーランジはありがとうと言って受け取った。

 

「じゃ、早く復帰しろよな! 皆待ってるぜ!」


それだけ言うとルシファははにかんだ。
そして医務室のドアを開けて、自分の場所に戻っていった。
女医さんはしかめっ面をして、ルシファが開けっ放しにしていった医務室のドアを半ば強引に閉めた。

 

 

オーランジはルシファの優しさに感謝し、再び目を閉じた。
もう少し、眠っていられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Ms.001 Succes!】


 

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