【Ms.010 美術館の侵入者を捕らえよ】

「満身創痍……いい響きだ」


フルト区に位置する大きな美術館の中で起こった事である。

薄暗い廊下。
大理石の床の上には見回りの警備員の死体が一つうつ伏せになって転がっている。
その死体から滲み出る赤い液体は、既に乾燥し、美しい床にこびりついている。
死体には身体を何べんも切り刻まれた痕が残っており、いずれにしろ死は免れない深い傷だった。
飛び散った血糊は、とある有名な絵画を汚した。

死体の西方にはヘルメットを被った男、キケンが床に倒れていた。
キケンの周りには綺麗に斬り壊された鉄の塊が散乱していた。
身体には先程の死体と同じく、幾つもの傷が目立っていた。
一つ一つは浅い物の、キケンの命を脅かす程のダメージは充分にあった。

そして男を庇うように前に、一人立つ者がいた。
彼は全体的にバケモノと呼ばれる類に分類される男、ルシファ。
ルシファは膝をつき、すぐにでも酸欠を起こしてしまいそうなほど息を荒げていた。
しかしそれでも、眼前の”何か”を必死に眼で捕らえている。

”何か”は、三つの鮮やかな眼球を全てルシファへと向けていた。
手には月光で美しく輝く透明な刃が握られている。
頭には、象徴的な一本角が高く聳えている。
男の名はカノン。世界最凶と謳われる犯罪集団”篝火”の、最も冷酷無比の切り込み隊長である。
ルシファとキケンとは対照的に、彼の身体には小さな掠り傷が一つついているだけで、大きな傷は一つも見当たらない。
顔色一つ変えずに二人を見下すその様は、”世界最凶”の名は伊達ではないと言うことをより明確に証明していた。

「お前達の事だよ、デコピン一回で殺せそうだぜ」

「テメェ……ナメてんじゃねぇぞ……」

「ほーお、威勢だけは良い野郎だな」

カノンはよろよろと立つルシファを鼻であざけ笑う。
一方ルシファは口では力強い言葉を言うものの、身体は正直に自分の体力が残っていない事を伝えていた。

「テメェらは……関係ない奴は殺さないんじゃなかったのか!?」

「それは俺らのリーダーのモットー。アイツはお人好しだが、俺はそうは行かねぇ」

「……」

「って事で、死ね」

カノンは手の中の愛刀を強く握り直し、ルシファに向かい駆け出した。
そして一瞬でルシファとすれ違い、その場で刀を払い下ろす。
刀にへばりついた血の粒が、床に振り落とされた。

「感謝しな、痛む暇すら奪ってやったぜ」

カノンがルシファの方を向いた時には、ルシファは声も上げずに倒れていた。
腹に大きな切れ込みが入り、夥(おびただ)しい量の血液が溢れ出る。
そして遂に微動だにしなくなり、
ルシファは、殉職した。

(残りは、ヘルメットか……)

キケンの身体がぴくりと動く。
しかし、立ち上がることは出来ずに顔だけを上げ、カノンを睨んだ。
カノンはニヤニヤ笑いながら、まさに満身創痍のキケンへと歩み寄った。

「安心しろ、お友達のバケモノなら先にあっちへ送ってやった」

「ルシファを……殺ったのか……!」

「あぁ、殺った。まぁ、すぐに一緒になれるぜ」

「…………」

「何も喋れないだろ? 当たり前だ、アイツもそうだったぜ」

カノンは既に虚ろとなったキケンの頭上に刀を翳す。
不敵な笑みを、浮かべた。

「お前たちは本当に、弱かったよ」

刹那。
カノンの身体は宙を舞い、5m程吹き飛んだ後床に身体を打ちつけられていた。
立ち上がったカノンは何が起こったのかを必死に探る。
しかしキケンの掠れた眼には、カノンと対局の方向にいる”ある男”の姿がぼんやりと見て取れた。

黒い衝撃。

「ギル……ファ……」

ギルファ。
キケンは、それを知っていた。
ルシファの中に存在する、最後の砦。 

「……誰だ、テメェは……!」

カノンは声を低めながら怒りの形相で、奥に立っているギルファを睨んだ。
しかしギルファは少しも怯まずに、憤りの黒いオーラを辺りに充満させていた。

「……貴様か、俺の”拘束具”を散々痛めつけてくれたのは」

「テメェ……さっきの奴とは違うな、死んでやがったのに」

良く見れば、先程ルシファを殺すにまで至った大きな傷は、ギルファの腹には残っていなかった。
それどころか浅く残っていた掠り傷や切傷でさえ、蒸気を上げて全て塞がっていく。

「完全治癒、か。ずっけーな……」

「俺の”拘束具”は、過度のストレスや肉体が大きなダメージを受けた時に本能的に解放される。
 ……そして今が、その時だ」

ギルファは片手を、前に突き出した。
すると辺りに充満していた黒い重力が渦を巻き、ギルファの片手に収束される。
それはある程度の大きさを模ると、徐々に硬度を上げていく。

「前菜だ。受け止めてみろ」

一瞬にしてそれを放つ。
爆音を立てて放たれた重力の塊は豪速でカノンへ襲い掛かる。

「ぐっ……ごぉっ!」

カノンはあまりの早さに重力を捕らえきれず、まともに腹に重力球を受けて後方へと派手に吹き飛んだ。
そこにギルファが追い討ちをかけるように、空中のカノンへと間合いを詰めて同じような重力の塊をゼロ距離から連射する。
全ての重力球を身体に受けたカノンは床に思い切り叩きつけられる。床にヒビが入るほど、強く。

「かはっ……俺に血ぃ吐かせるたぁ、少しはやるようになったじゃねぇか!」

口元の血を拭い、カノンは不敵な笑いを浮かべる。
そして足に力を込め、低く跳んでギルファとの間合いを詰める。
しかし、

「堕ちろ」

「がぐぁっ!」

カノンがギルファの眼前まで迫ったという所で、カノンの頭上の何かがカノンを床に叩き落した。
顔面を強く床に打ち付けたカノンは、心底痛がった。

「ここ一帯の重力圏は、俺の支配下にある。……いや、ここだけじゃない。
 この星に留まり続ける限り、お前は俺の支配から永遠に逃げられない。」

ギルファの手には、揺らめく黒い重力。
カノンは重力を頭上から落とされ、墜落したのである。

「へっ、大層な事言ってくれるじゃねぇか……! 後悔すんなよ!」

ギルファとの間合いを充分に離し、握った愛刀をギルファに向けた。
すると刀身に、混沌のオーラが溜まっている事が見て取れた。
充分に溜まった混沌を刀の内に封じ込め、禍々しく点滅する愛刀を構えるカノン。

「ハーフムーン・スレイ!」

カノンが愛刀を横一線に振ると、半月状の混沌の斬撃波が発生し猛スピードでギルファに襲い掛かった。
高密度に達した斬撃は重力の壁を楽々と切り裂き、やがて突破した。

「グラビティスパイラル……!」

ギルファの周りの空気が歪んだかと思えば、一瞬にして圧力をかけられたギルファの周囲の重力がギルファを軸に重い渦を巻き始めた。
その渦に上手く斬撃の軌道を乗せたギルファは、そのまま自分の周りをゆっくり移動させて軌道をカノンに向けた。

「返してやろう、これは貴様の物だ」

圧力から解放された斬撃はスピードを取り戻し、主の元へと返る。

「くっそ、通用しねぇっ!」

おまけに重力の余韻をまとった斬撃はカノンの右肩を通過し、切り離された右腕は床へと落ちた。
斬撃が、突き当たりの美術品を豪快に破壊した。

「……ミンチにしてやるよクソ野郎が……」

カノンは失った右腕を気にも止めず、額に気を集中させた。
すると三つ並んだ眼球がぎょろりと動き、そのまま左へと眼球が移動した。
カノンの目のあった場所には、三つの穴が空いている。

「マガジンアイズ……」

暫くすると眼球はそれぞれ左隣の穴の中にぎょろりと落ちてきた。
そして眼の向きを調整すると、切り離された右腕が見る見るうちに修復されていった。
眼球を整えギルファを方に向き直った瞬間、

「時間がかかりすぎたな」

突如背後から声が聞こえ、急いで振り返ったところでもう遅かった。
ギルファの重力をまとった重い重いカカト落としを後頭部に喰らい、怯んだ所を殴り飛ばされ、着地地点に回りこまれて床に叩き落された。

「俺を前にしてそんな大隙を見せるとは、馬鹿な奴だ」

そして足元でうずくまるカノンを蹴飛ばし、間合いを開ける。
ギルファは辺りを見回した。

「……これは、使えそうだな」

ギルファは左隣の壁にかけられている美術品の黄金の槍に目をやった。
槍が黒い重力に包まれて止め具からカタカタと音を立てる。
そのままふわりと槍は浮かび、ゆっくりとギルファの手の中に収められた。

「なるほど、これはグングニルという槍らしい」

ようやく立ち上がったカノンに向けてグングニルを構えるギルファ。
カノンはもう言葉も発しない程に憤り、怒りのオーラをこれでもかと噴出しながら三つの目をギルファに向けた。

「勝負だ」

カノンは無言で駆け出し、混沌の力を込めた刀で目にも止まらぬ突きや斬りを繰り出した。
しかしギルファは初めてとは到底思えない槍捌きで互角に渡り合い、更には圧倒した。

「篝火の切り込み隊長ともあろう者が、情けない奴だ」

それだけ言うと、刀の持ち手にグングニルをねじ込む。
そのまま力を込めると、グングニルが刀をカノンの手から弾き飛ばした。
カノンが弾き飛ばされた刀を眼で追うと、次の瞬間には最後の決定打が打ち出されていた。

「がはぁ……!!」

カノンの腹深々にグングニルが突き刺さり、背中までそれは貫通していた。
ギルファはグングニルを自分の方に引き寄せて既に力を失ったカノンを捕らえると、二度と復活できないように額の目を手で抉り取った。
ぶちりと音を立てて切り離された眼球は床に捨てられてぐちゃりと音を立て、カノンは静かな血の濁流を流した。
そして、最後の一撃を放とうとしたギルファに――

「何用だ!!」

突然後ろを振り返り、自身の目の前に重力を落とす。
そこには、少し遅れていればギルファの身体を貫いていた黒い銃弾が二つ、重力の中をゆっくりとギルファに向かって進んでいた。
ギルファは更に重力を強め、銃弾を床に叩き落した。
床の大理石が剥がれ、天井がメリメリ音を立てる。

「その者は俺の仲間だ、すぐに返してもらう」

そこに立っていた者は、篝火のリーダー・ガンテッドだった。
ガンテッドはそれだけ言うと銃を構えた状態で素早くギルファに詰め寄り、ギルファとカノンを繋いでいたグングニルを撃ち壊す。
ギルファは素早く動き回るガンテッドを重力で追うが、別方向から放たれる銃弾に気を取られ、見失ってしまった。

「カノンは、確かに頂いた」

ギルファが後ろを向くと、カノンの眼球とカノンを背中に担いだガンテッドが廊下を変わらぬスピードで走り去っていくのが見えた。
咄嗟に重力球を撃ち出すのは、ギルファ。
しかし廊下の曲がり角に差し掛かり、重力球はそのまま突き当たりへと激突した。
そしてそのまま、ガンテッドは姿を消した。

「……遅いんだよ、ボケが」

「喋るな」

「そういや、回復できなくなっちまった」

「リプトに治してもらえ、眼球は回収してきた」

「仲間の眼球良く持てるなお前は、もっと抵抗とか無いのか……」

「……まぁ俺から言える事は、完敗だったな」

「……見てたんか」

「手を出すとお前が怒る事は良く知ってるよ。だがあのまま放っておけばお前が死ぬ事なんか素人でも分かる」

「……サンキュ」

「気にするな」





「リーダー、今戻りました」

「キケンか、ルシファはどうした?」

「医務室で、集中治療を受けています」

「そうか。……今日は、すまなかったな」

「いえ、任務に失敗してしまったのは私たちの責任です」

「そうじゃない。まさか侵入者が、あの”篝火”の一人だったなんてな」

「それも、私たちの力量不足で……」

「まぁそう背負い込むな。実は私も篝火のメンバーと一度交戦した事があるんだがな」

「どうされたのですか?」

「負けたよ、三つの目が印象的だったかな……それで、この眼をやられたんだ」

「今日……私たちは、その三つ目の男と交戦しました」

「……!それで、どうだった?」

「私とルシファは、死の直前まで追い込まれてルシファは……その、やられてしまったんですが……」

「……」

「また、あの男が出ました」

「……あの男か」

「黒い、衝撃……」

「そこまでにしておけ。お前もなんだかんだ言って傷ついただろう、医務室に行きなさい」

「……失礼、します」

「あぁ、しっかり休めよ」


パタン


「……そろそろ、真実を知ってもいいのかもしれない、な……」



















【Ms.010 Failure...】





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