俺は、どこまで嫌われれば許してもらえるのだろうか。

どうせなら、許してもらえなくていい。

嫌われる事が、俺の存在意義なのであれば。

 

 


嘘へ ――長い話

 

 

 


「出た、アイツだ!」
「寄んな、キモイんだよ!」

誰も俺を名前なんかで呼んじゃくれなかった。
俺の名前はルシファ。あだ名は、バケモノ。
無理も無い。俺の顔は誰から見ても、バケモノにしか見えない形をしている。
バケモノ呼ばわりは慣れた。いちいち反応していたら心が持たない。

俺はいつから、自分を閉ざすようになったんだっけ。

「ルシファか」
「なんか用ですか、班長」

俺は班長に、狭い個室へと呼ばれていた。
到底朗報とは思えない険しい目が、俺を睨んだ。

「あまり署内をうろつかないでくれるかな。他の隊員から、苦情が絶えないんだ」
「え……」
「君もそんな顔なんだから、少しは出歩くことを躊躇ったりする心は無いのか?」
「だけど……」
「とにかく、これから自室から外に出ていい時間は20分までとする。分かったな?」
「……はい」

世の中は、理不尽な事ばかりだ。
俺の部屋は他の隊員の部屋がある棟から隔離された、誰もいない旧棟にたった一つだけ残っている。
この棟が「バケモノ屋敷」と呼ばれている事は最近知った。
旧棟の中には誰も来ないから、俺はこの中では自由だ。
だけど、一緒に暇を持て余す相手は、いない。

ある日Energyの隊員が三人ほど、何者かに暴力を振られたらしい。
三人ともその男の姿は見ていないし、その男に心当たりがある奴もいなかった。
俺はその時間、旧棟で寝転がっていたのでその事件を知ったのは事件の起こった翌日だった。
そもそもこの事件を知ったきっかけは、隊員達の矛先が俺に向いたことから始まった。

「テメェがやったんだろこのバケモノ!」
「ざけんな! 俺は昨日は外から鍵かけられてんだ、外には出られねぇ!」
「そんなもん、テメェのバケモノパワーでどうとでもなるだろうが!」

俺には、生まれつきの”重力操作”能力が備わっていた。
望んだわけでもないし、逆に何か都合の悪いことが起きるといつも俺とこの能力の所為にされる。
俺にとって、とんだ邪魔な力だ。

「……俺じゃ、無いんだ……」
「嘘つくなよカス!」
「ついてこいよ! 減給と停職、お前の場合は一週間の監獄入りも付加されっかもなぁ!」
「だから……」

”俺じゃないって、言ってるだろ!!”

反射的に、俺の手は三人に向けられていた。
三人に超重量のGが押し寄せ、三人は地面へとへばりついた。
俺は止めなかった。今まで溜めてきた全てが、重力となって俺の手から溢れ出てくるようだった。

もっと強く、もっと強く、もっと強く。

 

俺は監獄の中でうずくまっていた。
三人は全治四ヶ月、その内一人が全治五ヶ月の重傷を負ったらしい。
強制的に、暴行の犯人は俺となった。
極度の減給、一ヶ月の停職、そして三週間の監獄入り。
監獄には、十年前から誰一人として入れられた事は無いらしい。
ろくに掃除はされてないし、小さなトイレには蛆虫が湧いている。

「朝食だぞ、ルシファ」

汚い地下留置場に、誰かが一人歩いてやってきた。
その男は監獄の中に、小皿を滑り込ませる。
中には少量のオートミールと、まずそうなパンが一緒に入っていた。

「悪いな、今日はこれくらいしか持ってこれなかったよ。明日は菓子でもご馳走する」
「テクノス先輩…」

幹部級のリガンテクノス先輩。
人一倍真面目で、人一倍勤勉、そして人一倍他人を思いやれる、唯一信頼できる人。
成り上がりで偉そうにしている幹部とは違い、的確に自分のやるべき事をこなす完璧な人物。
芯も強く、俺はこの人に心底憧れている。

「……あそこで手を出したのはまずかったが、私はルシファがやったとは思ってない」
「本当ですか?」
「ああ、約束しよう。今のEnergyは腐ってる……いつか私が、お前も過ごしやすい環境に作り直してやるからな」
「……ありがとう、ございます」

本当に嬉しかった。
いつも俺を助けてくれる。
俺が投獄されている間、ずっとテクノス先輩は俺を見守っていてくれた。

監獄から解放され一ヶ月間の停職が始まった時、俺はテクノス先輩に二十万kpと、食料を沢山貰った。
俺は今回の事件で、旧棟の中から一歩も外に出してもらえなくなったのだ。
そんな俺を見かねて、テクノス先輩は俺をEnergyから逃がしてくれた。
全ての責任は俺が負うと、言い残して。

久しぶりの地上。
しかし地上でも地底でも、人の俺を見る視線は変わらなかった。
小さな宿屋を訪れた時の店の主人の嫌そうな顔は今でも覚えているが、手持ちの二十万kpを見せるとすぐに態度が変わった事も覚えている。

一ヶ月間、そこで静かに日々を過ごした。
一方通信型の携帯電話を渡されたのはいい物の、連絡があったのは停職初日だけで、それ以外で連絡の来る日は無かった。

一ヶ月間の滞在が終わり、俺は素直に礼をして宿屋を後にした。
そこの主人も初めは余所余所しい態度で俺を迎え入れたが、最後の方には一緒に同じ部屋でテレビを見る程の仲になった。

 

一ヶ月ぶりのEnergyは、凄まじい勢いで変化していた。
一番の変化が、リーダークラスの総支配人にテクノス先輩が昇進した事。
次に暴行の犯人が掴まり、テクノス先輩の権限によって俺を投獄した元リーダーや班長がクビになった事。
そして、旧棟に新しく「チームインフェルノ」という署内組織が配置された事。
これら全てを、テクノス先輩は一人で立ち上げていたのだ。

「おかえり、ルシファ。お前の行く所は決まっている」
「どこ……ですか?」
「ついてこい」

俺は言われるままに旧棟に案内される。
旧棟の中は新調されていて、壁は新しく塗装してあり、封鎖されていたニ階と三階は解放されていた。
そして俺は旧棟で一番広い部屋、ロビーに案内された。

ロビーには様々な顔ぶれが揃っていた。
孤高の剣士、盲目の守護者、寡黙な発明家、気高き野獣、爆速な漢、炎の料理人。
誰も彼も、Energyの中では浮いた存在だった。
俺もその一人。

「今日から、インフェルノの一員になるルシファ君だ。仲良くやってくれ」

予想はしていたが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。
俺にとって、初めての仲間。初めての好敵手(ライバル)。
今日俺は、チームインフェルノの一員として生まれ変わったのだ。

「宜しく! ルシファ君!」

俺に手を差し伸べてきたのは、片目の火傷が印象的な少年、ラーディアス。
確かラーディアスも、署内じゃ随分嫌われていた筈だ。
ラーディアスに落ち度は無い。全てこの火傷が招いているのだ。

「えーっと、宜しく。ラーディアス……君」
「長い名前だから、呼びにくかったらラーでもいいよ?」

過酷な虐めを受けてきたとは到底思えない明るさに、俺は少しだけ嫉妬を覚えてしまった。
俺もこれくらい、明るく生きれたら……。

「じゃ、じゃあラーで……」
「えへへ、宜しくね」
「ワレァテンライじゃ!!」
「オレはアクセル!! 爆速ゴールデン・ガイと呼んでくれてもいいぜ!!」
「ちょっ、押さな……」
「ごめんね、二人とも目立ちたがり屋で……いい人なんだけどね」
「オーランジだ」
「ボクはリホンっていうアル! 宜しく頼むアルよ!」

この時点で、俺は最高潮の幸せに包まれていた。
しかし、そんなムードをぶち壊す男が一人残っていた。

「誰かと思ったら、バケモノか。せいぜい足を引っ張ってくれるなよ」

まただ。
予想はしていた。俺をバケモノ呼ばわりする奴が、少なくとも一人はいるという事。
その辺は既に諦めていたりする。
それでも、期待に溢れた俺の心を蜂の巣にする程の威力は持っていたわけで。

「キケン、初対面なのにそんな事……」
「事実を言ったまでだ、そんな顔をしている方が悪い」

この男は、清清しいほどの毒舌家だった。
名前は聞いている。百年に一人の天才と謳われているが、限りなく無愛想でその上毒舌と来て、陰口の対象にならない日は無い。
完全に自分と他人との間に絶対的な壁を立て、自分のテリトリー内に他人が入ってくることを極度に嫌う。
関わった事は無いが、初対面でここまで嫌な奴だとは思わなかった。

「元々キケンはああいう奴なんじゃ。ワレェもアイツの言動にゃ初めはプチンと来たのぅ」

いつの間にか隣には灰狼を思わせる風貌のテンライが立っていた。
視線はキケンに向けたまま、俺に自分の体験談を語りかける。

「ま、気にしないことじゃ。慣れてくればアイツの扱い方も分かってくるじゃろーて」

そう言って酒瓶を手に取り、豪快にラッパ飲みを披露する。
その飲みっぷりは実に見事で、見ているこっちまで酔いが回りそうだった。

「それじゃあ歓迎の証に美味しいラーメンはいかがアルか?」
「やめとけ、コイツのラーメンは信用できない」
「オーランジの分もあるアルよ?」
「いらねぇ」

中華のリホンと剣士のオーランジによるショートコントに俺は小さく笑った。
二人とも、戦闘面ではかなりのエキスパートだった筈だ。
だが突飛した思考と常識外れの行動が目立って、近づく奴も稀だった。

「いや、腹減ってるし。貰うよ、ラーメン」
「本当アルか!? いやぁ嬉しいアル! これが料理人の醍醐味って奴アルね!」
「あーあ、腰抜けても知らんぞ」
「え……そんなに不味いの?」
「いや、不味い訳ではないんだけどな……」

そうこう言ってる間に、ラーメンが運ばれてきた。
良い匂いだ。やはり美味しいラーメンは、匂いも絶品なんだなと実感した。
俺の前にラーメンが置かれる。俺は期待と不安を胸に箸を割り、中を覗――

「ぎゃあああああ!」
「リホン、今日の隠し味は何だ」
「おたまじゃくし(足が生えた)を三十匹ほどブレンドしたアル! ぷちぷちして美味しいアルよ!」
「見ろ、ルシファが完全に食欲を忘れてるぞ」

予想外だった。
スープの中で、おたまじゃくし(足が生えた)が優雅に泳いでいる。
流石に此処までは、想像できなかった。
これって、なんの罰ゲーム?

「四の五の言わずに食・べ・る・アル」
「ぎゃあああ! ごめんなさいぃ!」
「リホン、入所当日からトラウマ持たせてどうする」
「美味しい物を食わず嫌いするのは勿体無いアルね! だから嫌でも口に流し込むアル!」
「窒息してるぞ、ルシファ」

口の中が、くすぐったい。
今俺の口の中で、おたまじゃくし(足が生えた)達が暴れている。
このままでは、このままでは俺は改造生命体になってしまう。
しかしそんな俺の意と反して、俺の喉は全てを飲み込み、胃へ送り込んでしまった。

「うっ!」
「どうアルか!? 美味いアルか!?」
「無理矢理食べさせておいて感想を聞くのも、甚だ厚かましい話だな」

今頃俺の胃の中ではおたまじゃくし(足が生えた)達がのた打ち回っていることだろう。
さらば小さな命達。お前達は身体の一部となってこれからも輝き続ける。
そして俺の中の黒歴史として永遠に記憶に残るだろう。確実に。
そんな悲劇の主人公、俺の率直な感想は――

「……うめぇ」
「やっっっぱりアルか! そうアルよね! 不味い筈無いアルよね!」
「まぁ、見た目を除けばな」
「普通に美味いや、ご馳走様でした……」

そう言って俺は二人の前から退いた。
あのラーメンが美味しかったのは本当の事で、流石料理人と呼べるだけの事はあると確信した。
ただ、俺がおたまじゃくし(足が生えた)を食べたというのは紛れも無い事実だった訳で……。

「おう、新入りか」
「あ、えーと……アセクセルさん?」
「アクセルな。俺って結構デリケートさんだから弱酸性の言葉じゃないと実は傷ついちまうんだぜ」
「はぁ、そうなんスか」
「そこんとこ宜しくな、ルシファ。常に爆速を心がけろよ」
「爆速ってなんですか」

入り口付近で、自称爆速ゴールデンガイのアクセルに話しかけられた。
全く持って話してる意味が分からなかったが、今まで罵倒以外で話しかけられた事などありえなかったので、少し嬉しかった。
間違いない。俺はチームインフェルノ、ルシファだ。

「よっしゃあ!!」

俺は周りに誰もいないか確認した後、歓喜の声を上げていた。
まぁ、心残りな事もあるけど……。

 

最悪だ。
狭い資料室に、俺とキケンだけが残された。
俺は”こんぴーたー”なんて分かりっこないし、かと言ってまともな文も書けた試しがなかった。
しかし、これを俺が明日までに仕上げなければ……最悪、クビ。
なんで上は、そんな大事な物を俺に押し付けたのだろうか。
ていうかなんでキケンが此処にいるのだろうか。
本当に、最悪だ。

「……」

目の前に並べられた難解な文字の群れ。
俺のメモリーカードじゃほぼ解読不可能。
時刻0:00、眠い。

「なぁ、キケンさん。分からねぇ所があるんだけど……」

しまった、やってしまった。
よりによってあの頭の固いキケンに助けを求めるなんて。
言った後で、最高に後悔した。
言葉で滅多打ちにされてしまう……。

「お前は……」

意外も意外、大意外。意外以外の何でもなかった。
キケンは意味深な言葉を呟いて、そのまま口を閉じた。
何が言いたかったのだろうか。
ていうか、分からない所があるって言ってんだけど。

「キケンさん?」
「……何が分からない」
「とりあえずこれとこれとこれ」
「全部じゃないか……」
「分からない物は分からないし」
「努力を知らないのかお前は」
「まぁそう固い事言わずに」
「……ツケだ、何かで必ず返せよ」
「了解しましたー。じゃ、俺は寝るんで」
「寝込みを襲われない様に気をつける事だな」

交渉、成立。
確実に、あの時キケンの中で何かが変わったに違いない。
でなければ俺など、奴は別に気にもしないしクビになったってどうでも良いと思っていた筈だ。
そう、あの時……。

『お前は……』

何が言いたかったのだろうか。
俺は自室へと帰り、布団に転がり込む。
瞼が重い。
もし明日俺が死刑宣告(クビ)されたら、俺は潔くキケンを呪おう。
全てが解決し何事もなければ、少しはいい奴だと思っていいかもしれない。
もし……――。

 

「よし、今回はこれだ」
「なんだこの見るからに怪しい殺人マシーンは……」
「殺人ではなく、拷問だ」
「認めるなよ!」
「つべこべ言うな! さっさと乗れ!」

「仲いいアルね、あの二人」
「そうだな、入所初日はあんなギチギチしていたが」
「そんなに変わってるか、アイツら?」
「見た目はそうでもないけどね。お互いの印象は随分変わってるみたいだよ」
「ワレェには都合の良い実験体と残忍な科学者にしか見えんが……」
「ま、結局は爆速って訳だな」
「爆速って何アルか?」

 

俺が嫌われるのは勝手だけど、他の誰かが傷つく所は見たくない。

誰かの為だったら、俺が一緒になって傷ついてやっても良い。

そうする事で、誰かの気持ちを分けて貰えるなら、

俺はどんな奴だって、見捨てたりはしない。

これが俺のやり方だ。

 

「……ふふ、ルシファは随分と、楽しそうだな」

 

 


居場所をくれた俺の恩人。

リガンテクノス先輩には、感謝している。

 

 

 

 


 

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